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終わらぬ海老蔵ブログ記事!擁護派の一辺倒に反擁護派の多種多様

 

 

 

ころもです。

 

未だヤフーでは九州豪雨より大事なのだといわんばかりに、一個人のブログを貴重なスペースを使っていくつもニュースアップしています。

市川海老蔵さんのブログです。

これまで何度となく発言しているように、ブログは海老蔵さんの自由なんです。1日に何度更新しようが何を書こうが、全く自由。

 

「嫌なら読まなきゃいい」「ディスるならスルーすればいいじゃないか」という擁護派の方々の一辺倒な反論内容を聞いていると、なんと視野が狭く稚拙で頑固なんだろうと思ってしまいます。

 

それに比べて、反擁護派の方々は視野が広く、非常に冷静に「ブログがなぜ批判されるのか」を、なるだけ擁護派の方々が理解できるように語り口調や切り口を変え、切々と忍耐強く説明しています。

 

しかも、ブログは海老蔵さんの自由ということも一致しています(一部とんでもない暴言は問題外として)。

 

ブログや海老蔵さんそのものへの批判ではない

 

一貫して言えるのは、擁護派も反擁護派も、その双方があって「正常」なんだということ。褒めるだけが正しいわけもなく、また一方的にブログ更新をけなし続けるということも正しい姿とは言えない。

 

非難されるべき対象は、個人ブログを毎回記事として扱う新聞、週刊誌、ヤフーであり、もっと追求すれば、その形態がこれほど非難殺到なのに、それを止めさせることができる唯一の当事者「海老蔵さんがそれを止めないでいる」こと。

 

「一切の転載を禁じます」

 

5秒もあればできるそれを、なぜしないのか。

もちろん、そこにはなんらかの大人の事情、理由があるはずなんです。

 

だから、理解してもらうために説明をすればいいのです。でも、その説明だけは、あれだけブログ更新しているにも関わらず一切触れようとしない。

 

否、触れないのではなく、触れられないのか。

 

誰だってそういう思考に流れ着きます。

 

それでもブログが毎回記事になることを禁止しないでいる。あれほどそっとしておいて欲しいといっていたのに、真逆のこれら騒動に対して沈黙し、まるで九州豪雨などよその惑星の話であるかのように自分の嘆きがニュース記事になっていることに平気でいられるその神経。なぜ、人の痛みには敏感になれないのか?

 

せめて‥‥

 

自分の悲しみだけが世界の関心ごとであるという世界から一瞬でも抜け出し、

 

「被害に遭った多くの方々の無事を祈ります」

「被災地の方々に心よりお見舞い申し上げます」

 

の一言でもあればまだしも、世界の中心で自己愛だけを叫び続けている。これはやはりまともな人たちにとっては「異様な光景、心理」であり、批判や忠告のひとつも言いたくなるというもの。

もちろん、海老蔵さん本人に対してだけではなく、ニュースとして取り扱う新聞、週刊誌各社に対してもです。

 

賞賛しか許さないという異常、賛否あって正常なのに

 

今朝、東洋経済オンラインの記事で、

『海老蔵さんへの「心無い中傷」、止めませんか』と言うタイトルの投稿がありました。

中傷を非難するこの投稿は海老蔵さんと麻央さんに対しては優しいですが、そこを一方的に擁護するのに必死なあまり、その二人によってもっと多種多様の人の痛みや苦しみが軽視、あるいは無視されている現実に目を背けています。

 

擁護派の方は、なぜ市川海老蔵さんと麻央さんの悲しみにだけ敏感なのでしょう。

 

渡瀬恒彦さんや野際陽子さん、川島なお美さんにしても、惜しまれる才能や死に変わりはないはずなのに、なぜに海老蔵さんと麻央さんだけを「日本中を巻き込むに値する悲劇のヒーロー、ヒロイン」と認定したのでしょうか。

 

甚だ疑問です。

 

一部、上記投稿に対してのコメントを転載させて頂きます。非常にまっとうな意見であり、これを一掃しようとすることがいかに横暴な圧力であるか。

 

人それぞれ感じ方受け止め方考え方があるのだからかぼちゃの意見を押し付けられたくない。一部の暴言は論外だがその他のこの夫婦への批判などはあっても然るべき。海老蔵を「神々しい」と感じる人、「大根役者」と感じる人いろいろだろう。小林麻央のブログに「勇気付けられた人」ばかりではないことも認識すべき。皆、誰でも自分の意見を持っている。

確かに、亡くなった方を汚い言葉で侮辱したり、いわれのない誹謗中傷は許されません。でも全員が海老蔵さんと麻央さんを好きで応援しているとは限らないし、感じ方は人それぞれです。お二人を素直に応援出来ない人はひねくれているみたいに言われるのもどうなのかなぁ。それに有名人の方で亡くなっていく方は他にもいるのに、麻央さんと海老蔵さんだけがあまりにも大きく取り上げられ過ぎなことにも違和感を覚えます。

麻央さんのブログを読まなかったあなたにも、麻央さんを中傷する投稿が目に入った、、これが問題なんですよ。麻央さんや海老蔵さんに関心のない人の目にもYahooニュースなどでブログの内容が垂れ流しされて、結果、中傷に繋がる。ブログはブログだけで留めておくべき。関心のある人はブログを見ればよい。  

ここまで連日個人のブログ内容が上がってくることが一番の問題なんじゃないですか?応援したい人は応援すればよい。この記事が上がって、当然のような理屈を並べ立てて、個人の感傷を聞かされることも一部の人には不快かもしれませんよ。もう記事にしてアクセス稼ぐのやめませんか?

毎日数時間おきに同じ内容を各社がヤフーニュースに掲載されれば、応援以外のコメントもあるのは当然だと思う。湿っぽい話を数時間毎に毎日されたら気分が段々めいってくる。嫌でもタイトルが目に入るからね。明らかに他の芸能人と扱いが違いすぎて違和感を感じます。

 非常にバランス感覚のいいご意見だと思います。

それを一刀両断に自分の賞賛する人物が非難されたと「嫌なら見なきゃいい」という単純な回答で終わりにしようとすることこそが、暴力ではないでしょうか。

 

反擁護派と呼ばれる方々は、とても論理的です。なぜ非難されるのか、非難されるのが困るとして、その非難を回避する方法までも説明してくれています。

 

新聞各社も大衆を侮ってはいけません。みな、とてつもなくよく見ています。読んでいます。

 

裏になにがうごめいているのかわかりませんが、真っ当なことならすでにどうとでも解決できているだろうことが解決されていない。

 

判断ミス、遅れで後悔、無念の気持ちに悲嘆にくれるのはわかります。同情もします。でも、もう十分じゃないでしょうか。

 

世の中には、何の非もないと思われるのに突然の雨によって愛する者との突然の別れを経験している人も大勢います。

悲しみに比較は不要ですが、少なくとも世の中を俯瞰して見る目があるならば、悲しみ苦しみにあるのは自分だけではない。

 

自分のつぶやき、嘆きのために重要なニュースがかき消され、助かる命までもが助からないようなことにだけはしてはならない、そう思ってはもらえないものでしょうか。

 

悶々とする、暑い午後です。

 

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