毒舌ころも

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海老蔵早くも再婚願望か!?「妹欲しい」困りましたは伏線の声

 

 

 

ころもです。

 

半ば予想はしていましたが、予想を遥かに超えるブログ更新。それはまあ、自由なのですが、なにせご本人が一番わかっていると思いますが、それが必ず記事になるというとんでもない状況、しつこさ。

 

長い闘病生活で若くして妻の小林麻央さんが亡くなったのは大変お気の毒です。けれども、たとえば今回の福岡県の局所的な豪雨によって突然家や財産、命までも奪われてしまった人たちの無念はいかほどのものか。

 

どうしても考えずにはいられないのです。そして、この命に差があるかのようなマスメディアの差別的待遇に我慢がならないのです。

 

理不尽さ、ここに極まれりの自然災害

 

その身内の方々の理不尽な怒り、悲しみ、絶望感。市川海老蔵さんは今日本一悲しいんだから、悲しいと言い続けるまでのこと、そのなにが悪いんだという擁護の人たちは一斉に「人としての器が小さい」「悲しみの中にいる人間に何をいうんだ」と反論されるかもしれません。

 

でも、限られたヤフー記事の多くのスペースを、一度も観たことのない、「いち歌舞伎役者」の方の悲しみが尽きるまで、果てるまで国民が付き合い、ヤフーは貴重な場所を提供し続けるつもりなのでしょうか。

 

ずっとそのエンドレスな嘆きを日本国民みんなが耐えて忍んで分かち合い、見守る姿が正しい姿と本気でいうつもりでしょうか。

 

馬鹿げています。

 

一面識もないから優しくする価値がないと言っているのじゃありません。悲しみや苦しみを背負ってない人間など一人としていないことを忘れないで欲しいのです。

 

その度合い、種類は違えど生老病死に無関係でいられる人間など一人としてこの世に存在しません。ただ、それを一人で耐えるのか、家族で耐えるのか、世間みんなに告知して背負わそうとしているかだけの違いです。

 

ブログは世界の危険地帯にある花じゃありません。自分さえその気になれば、いつでも好きなときにたどり着ける身近な読み物です。

 

読みたい人がブログを訪ればいいだけのこと。それを好む好まざるとに関わらず、限られた貴重なヤフー記事のスペースをいくつも埋め尽くす暴力はいつまで続くのか。

 

正直、小林麻央さんに何かあればさすがのマスコミも頭を冷やすかと思いきや、未だに市川海老蔵さんのため息ひとつ聞き逃すまいとするかのように、執拗に、記事にして貴重なスペースを使っている。

 

その「あぁ悲しい」「あぁ恋しい」という一人間の嘆きひとつに付き合うために、どれだけ有用なニュースを捨てていることか。

 

許しを請うための伏線が始まったのではの声が続出

 

最愛の人、麻央さんが逝去されて2週間も経たないというのに、海老蔵さんは長女麗禾(れいか)ちゃん(5)が「妹が欲しい」と言っている、困りましたとブログ更新しています。

 

これほど露骨でいいのかというぐらいの、再婚への伏線のスタートだと思ったのはころもだけではないです。

この記事を読んだヤフコメ欄の皆さんの多くが、再婚したがっている、その伏線が始まったなと思っているようです。

 

子供は確かに言いますね。
だけど、それをブログに書きますか?
再婚をしてもいいよね?って言ってるんでしょうね。
将来はアリでしょうが、今じゃないでしょう。
ちょっと引きました。

早速、再婚を自らにおわせてますね。
私が海老蔵さんなら、ここの部分はブログには書きません。ちょっと、ひいた。黙っておくことではないでしょうか?全部ブログに書いてどうしたいの?って、真剣に思ってしまう。

受け手の問題かもしれませんが、この件にしても再婚願望の布石であるような気がしてなりません。

 ヤフコメから一部転載させて頂きましたが、ほぼほぼこのようなコメントばかり。

みな、娘の「妹が欲しい」という言葉をいちいちブログにアップする海老蔵さんの深層心理に気づいています。

 

「そして、最近困ったことに妹が欲しい‥‥と言ってるそうです、、私には言わないのでどうにもならないこと分かっているでしょうがこまりました、、」

 

と海老蔵さんがわざわざブログにアップするあたり、ゆるやかに再婚へ思考が向いていくことも致し方ないんだといわんばかりであざとさを感じてしまいます。

 

誰に許しを請うのか。

 

最愛の妻、麻央と生きると言い切った自分の、その舌の根も乾かぬうちの心変わりを責められたくない、正当化したいという気持ちがあればこそ、それを美しく胸にとめているであろうファンやブログ読者に訴えたいのでしょう。

 

私が望んでするのじゃない。娘のため、子供のため、あくまでも家族のためという大義名分があれば、思った以上に早く再婚も可能だとは確かに思います。

 

それにしても自分が麻央さんなら、死んでも死にきれない無念さを感じますね。愛、愛、愛とこれみよがしに口にしていたのに、もう再婚を視野に入れているような発言は悲しすぎます。

 

麻央さんだって、成田屋の未来や子供たちの幼さを思えば、いずれ遠くない時期に再婚の話が進むことはわかっていたでしょう。

 

でも、それは自分が亡くなって2週間も経たないうちの話ではない、と思っているのではないでしょうか。

 

子供たちにしても、いつまでも何が起こっているのかわからない子供のままでいるわけじゃない。少しずつ自分が置かれた環境を理解し、父親が何者で、どんな記録を自分たちは世界に発信されてしまったのかを知ることになるわけです。

 

おむつがいつまで取れなかったか、私生活の隅々まで世界に垂れ流されていた事実や、その意味、影響に気づいたときに、果たして父親に対してどんな感情を抱くのか。

 

悲しむなといっているのでも、ブログをやめなさいと言っているのでもありません。それがヤフーでほぼ記事になることがわかっているなら、ブログにする内容にもっと配慮をするべきだし、もっというなら、世界を、人の喜怒哀楽の幅広さを俯瞰する、より懐の深い、本当の意味での「愛ある人」になって欲しいと望んでいるのです。

 

ころもでした。

 

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