毒舌ころも

気になることは胸に秘めず口にするサイト

藤原紀香の誕生日ブログが批判で炎上!?小林麻央へ配慮なしか

スポンサードリンク

ころもです。

 

嫌われる人には必ず理由がある。

藤原紀香さんを見ていると、じんわりそんな境地にたどり着きます。

 

6月28日に46歳の誕生日を迎えた紀香さんがブログでそのことを公表し、もう何度目かわからない顰蹙を買っています。

 

すべてには、時期、というものがあることを、梨園の妻として今後学ぶ必要がありそうですね。

 感謝連呼の裏にある「自分大好き」

何をしても叩かれる人というのは確かにいます。

ただ、その文章だけを読むと「本人にはまるで罪がないのに」といわんばかりの響きが感じられ、ずいぶんピンとがずれていると感じます。

 

それをいうなら「本人にはまるで自覚がないのに」です。

 

そしてまさに、その「まるで自覚がない」ことが叩かれるそもそもの要因であることにすら気づいていないのだから始末に負えません。

 

日本広しといえども、梨園に嫁いだ女性はわずか。そのわずかばかりの梨園の妻の座に座っている人のほとんどが芸能人というのも何ともいえないものがありますが、とにかくわずかなのです。

 

その”わずか”の中の貴重な一人であった小林麻央さんが亡くなってまだ1週間ほどしか経っていないというのに、

 

「私ごとですが、本日46歳になりました」

 

さあ、祝え!と言わんばかりのブログアップはあまりに配慮がないといえばないです。それは炎上もします。

 

誕生日なんだからメデタイデショ!? 何がいけないわけ、自分のブログなのにという批判もありそうですが、物事には「時期」「タイミング」というものがあるといいたいわけです。

 

真実なら何でも許されるというものでもありません。

 

麻央さんのご冥福を心よりお祈りいたします、と海老蔵さんが麻央さん逝去の記者会見をした日に紀香さんはブログに記載してはいますが、亡くなった事実を知っているならなおのこと、今は自分自身が他者から「おめでとう」と言葉を発せられることを回避すべきじゃなかったでしょうか。
 
誕生日なのよと言われる側も、喪に服している最中にいくら誕生日とはいえ同じ梨園の人間に、「おめでとう」と口にするのはキツイなと思っているかもしれない。
 
なぜ、自ら求めるのでしょう。求めてないなら忘れるはずのない自分の誕生日をわざわざブログアップする必要はないです。
 
ご主人も覚えているでしょうから、ブログでアピールする必要も勿論ない。
 
じゃあ、一体誰に? 何を期待してブログアップしているわけ?
 
そうなるのも当然です。
そしてその答えは、やはり、自己顕示欲のなせる技と思われても仕方ないのです。
 

 

その抜け目なさがあざといといわれる!?

誕生日を公表したブログの最後に、

 

おっちょこちょいでドジで、なんだかんだあほな私ですが、いつもこのブログを読んでくださり、 応援してくれている皆さんに感謝しています。

 
というくだりがあります。
 
これです。
 
この一言がカチンとさせてしまうのでしょう。
 
普段からエゴサーチしていて、他者からどう見られ評価されているかを少しは理解しているのです。
 
でも本筋のところは理解していない。わかっていない。だからいつまでも、空気の読めないブログ記事を更新してしまうのです。
 
おっちょこちょいでドジで、あほな自分‥‥
 
そこまで自分を卑下している人を、それ以上に卑下しようとは人は思わない。それどころか、「そんなことないよ」「大丈夫だよ」と言って慰めにかかるか、それ以上の賞賛の言葉を連呼してしまうでしょう。
 
それもわかっている。すべてわかっていて、あえてそれを書くあざとさ。
 
そこも紀香さんが何かを発信するたびに「自分大好き」と言われてしまう所以です。自分が大好きで何が悪い?
 
いっそ、そう開き直ったほうがいいのです。
 
自分が生まれた日は何にもかえがたく素晴らしい。尊い。
お母さんありがとう。みなさん感謝です。
 
悪くありません。
 
 
ただ、今じゃないのです。それは。
 
 
遠い国の誰かではなく、数少ない同じ梨園に嫁いだ小林麻央さんの早すぎる死に対して、あまりに色鮮やかな「ノリノリノリカ」であってはいけないのです。
 
そのちょっとした、誰に教わるでもなく人が身につけていく「配慮」を身につけていけば、炎上することも少なくなるのじゃないかなと、ころもは思うのでした。