毒舌ころも

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小林麻央の空白1年半は3人目妊娠願望で治療拒否だったのか!?

 

 

 

ころもです。

 

小林麻央さんからバトンを引き継ぐように、今、市川海老蔵さんの日々の「心模様」が日本中に垂れ流されています。

 

なぜ、ヤフーはこの市川海老蔵一族だけを特別扱いするのでしょうか。病める時も富む時も‥‥の誓いを日本人全員がさせられたのかと見間違えるほどの”市川海老蔵一族ありき”のニュースばら撒き状況が、ずいぶん長いこと続いています。

 

誤解のないよう繰り返すならば、海老蔵さんも一個人であり、その自身のブログで何をどれだけ吐露しようが自由です。

そう、全くの自由、何度更新しようが、ずっと泣いていようが、とやかくいうことではないです。本来はそう、そこはアンチの人々も繰り返し念を押しているところです。

 

問題はニュースとして扱われること 

問題はそれが果たして「ニュースなのか」ということ。

日本人が自身の人生に関わる重大事として必ずや共有していなければいけない知識、あるいは情報なのだろうかということ。

喜怒哀楽のない日常のほうが異様であり、生老病死の伴わない人生などなく、それらを抱き合わせて人生は生きていくものであるということを、誰に教わるわけでもなく人は肝に銘じながら、拳を握って日々を切り開き、混沌と困惑の荒野を突き進んで日常を紡いでいるわけです。

最愛の奥様が若くしてお亡くなりになったことはお気の毒だし、そのことで悲しむことは至極当然のことだし、誰もそれを責めることも非難することもしたくない。

 

ただし、それはブログがブログ上で止まっていればこその話であるということを、再三ヤフコメ、アンチの方々は言っているのです。

 

過ぎたるは及ばざるが如し

 

人の心は変容します。

悲しみを味わったことのない人間など、この世にいるでしょうか。大小の差はあれど、信じられないほど多くの人々が理不尽、不条理のなかで愛する人々との別れを経験しています。

 

非難する人々は家族を失った事がない人だ。想像力がない。人の悲しみを感じられないかわいそうな人だ。

 

アンチは時にそう一蹴されます。

けれど、それはとんでもないこと。

 

悲しみが何たるやを知り、想像力があり、人の悲しみを理解することができる、だからこそ、自分の悲しみだけが「尊ばれる悲しみ」であり、特権の悲しみだと言わんばかりの「ブログ更新→すわ! ニュースアップ」という海老蔵さんとヤフーの不可思議な関係、連携プレー、構図に虫酸が走るのです。

 

もはや、説明抜きにこの暴挙が続くことは許されないのじゃないかというぐらい。

 

防衛問題、貧困問題、自然災害、知るべきニュースがこれでもかというほど山積しているのに、一個人の悲しみの心模様を各社が競い合ってニュースとして取り上げる。この意味不明の異常事態に「どうしてとりあげるわけ?」と問いかけることが、非人間的な行為として非難されるべきことだとは到底思えません。

 

正当な抗議、疑問です。

 

海老蔵さんが日に何度ブログを更新しても、何をどう嘆き続けようと本当に自由です。

悲しみがそれによって紛れるなら、ブログが「生きるよすが」にがなっているなら大いに心情を吐露するのもいいでしょう。

 

なので、しっかりヤフーに海老蔵さんが一言いえばいいだけのことじゃないでしょうか。ニュースとして取り上げるのはやめて下さい。本当のニュースの時だけにして下さい、ブログを逐一ニュースアップするのは各社金輪際お止め下さい、禁止しますと。

 

それでも掲載するなら、次の手段に出ればいいだけのことではないでしょうか。

 

それをしないのは何故なんでしょう。

 

ヤフーに記事として取り上げられなければブログ内容を誰も知る事ができない状況ならいざ知らず、読みたい人は自由に何度でも訪れることができるブログ状況があるのに、あえてその方法を選択せずに穏便に暮らしている人々にも強制的に読ませようとする報道各社の意図はどこにあるのか、各社にはそろそろ説明責任があるのじゃないでしょうか。

 

何かを隠蔽しようとしているのじゃないか!?

 

勘ぐる人が出てきても致し方ないほどに病的なまでの海老蔵さんブログへの各社のストーカー状況が続いています。

 

タイトルの話に戻りましょう。

 

3人目欲しさで切除拒否したのか!?

ニュースポストセブンが6/29に配信した記事で、小林麻央さんがどれだけ皆が教えて欲しいと懇願しても、決してブログで明かしてくれなかった「空白の1年半」についての推測記事を掲載していました。

 

麻央さんのブログでのこの部分、以下引用。

「子供は2人いますので、3人目は考えていません」と何の強がりなのか言ってしまったが、私は、ふたり姉妹で育ってきたので、麗禾に妹ができたらなできたらな、とか勸玄にも分かり合える弟ができたらな、と思ってきた気持ちは、高望みだと一気にかき消した》(2016年9月21日)

 記事の中で、梨園関係者はブログのこの部分を振り返り、

「(小林)麻耶さんとの仲良し姉妹で知られる麻央さんとしては、麗禾ちゃんに妹ができれば幸せだったし、男の兄弟がいなかった海老蔵さんは勸玄くんに弟ができることを夢見ていたそうです。麻央さんには“できれば3人目を…”という思いがあり、なかなか手術に踏み切れなかったというのもあったのでしょう」

 と個人の推察を述べていました。

 

どういうことか。

 

つまり、もし切除するという決断をすれば、前後して抗がん剤投与が行われ、その薬の影響で排卵機能が停止して機能が戻らないこともある。術後に行われる事の多いホルモン療法によっても、その後の妊娠への影響が懸念される、だから3人目の妊娠を切望していた麻央さんは切除の決断できなかったのだろうという推察です。

 

空白の1年半にどんな考え、決断、迷いがあったのかはわかりません。ご本人ですら、その時の自分の心境をのちのち上手に説明することができないということもありうるほどの、デリケートな問題ではあります。

 

けれども、あれほど多くのがん患者、その家族が聞きたがっていた「空白の1年半」に沈黙していたのは大変残念でなりません。

 

乳房をとるか、命をとるか。

 

人の数だけ考えがあるでしょう。

麻央さんがそう選択したからといって、それは麻央さんの選択なので責められるべきことでもありません。

ただ、何をどう考え決断したのかをブログに残していれば、その後の細かな治療内容を明かさなくても今ほどのアンチは増えなかっただろうなと素朴に思いました。

 

海老蔵さんの悲しみの多くは、喪失感と同時に後悔なのだろうと、ころもは思うのでした。

 

 

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