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小林麻央「がん闘病」経緯と余命宣告を週刊女性が明かす!

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ころもです。

 

なんだかんだ言いながら、小林麻央さんの追悼番組を拝見しました。

ある一点が気になって、そのことについて何かヒントはないかと思う部分もあったからです。

その「ある一点」とは、がんを放置していた期間に何を考え何をしていたかということ。

番組を拝見していて、そして、7/11号の週刊女性の記事を見て、その気になる問いへの答えは見つかりました。

 命より梨園の立場をまさかとったとか

週刊女性の記事によれば

「’15年11月にかん玄くんは初お目見えをしましたが、そのために麻央さんは抗がん剤治療を一時中断して付き添っていました。後日、海老蔵さんは25日間通い続けた麻央さんのことを、”かんかんの初お目見えということで、覚悟を決めていた”と、自分の隊長より梨園の母としての責務を選んだことを明かしています」(全国紙記者)

 番組内で、「ほしこしかんげんでごじゃります〜」と挨拶していたシーンが思い出されました。

今更ですが、悔やまれますね。命があれば、その後どれほど多くの舞台を見守ることができる立場になれたのかを思うと、結婚していなければ‥‥、梨園に嫁いでいなければと考える人が多いのも確か。

 

しかし選択したのは他でもない麻央さんご本人ですから、他人がとやかくいうのはやめます。

ましてや、かん玄(漢字が出ないのですみません)くんは1歳半のころ、自宅から車で15分ほどのところにある、年間授業料200万円ほどのセレブ託児所に預けられていたといいます。

世にセレブ託児所なるものがあることさえ知らなかったですが、1日10時間ほどの保育ということですから、どれほど期待をかけていたかがわかろうというもの。

 

しかし、命にはかないませんが。

 

今年1月に余命半年を宣告されていた

週刊女性の記事によれば、今年1月には余命半年であると医師から伝えられていたそうです。

麻央さんが逝去されたのが6月22日ですから、ほぼほぼ、その余命宣告どおりになってしまいました。

 

これまでの、小林麻央さんの「がん闘病の経緯」は次のとおりです(参考:週刊女性)

 

●2014年10月 検査で乳がんであることが判明。ホルモン治療や抗がん治療を始める。

●2015年11月 カンカン初お目見え。その為、抗がん剤治療を一時中断する。

●2016年6/9  海老蔵がガンであることを会見で公表。13日に都内病院に再入院。

●2016年9/1  ブログをスタート。痛みを軽減するための手術を行う。

●2016年9/20 ブログでガンが肺や骨に転移していることを明かす。

●2016年9月末 左乳がん摘出と腋窩(えきか)リンパ節切除のため手術受ける。

●2016年10月 術後10日ほどで一時退院。抗がん剤も休止。

       10日には子供たちの運動会に参加。

●2016年12/7  25日間にわたる放射線治療が終わったことを公表。

        10月の退院以降、自宅療養を続けるも、20日に再入院。

●2017年1/6   昨年12月に終了していた放射線治療を再開。

●2017年1/23   骨への放射線治療が終了。

●2017年1/29 「子供たちを感じられる環境が必要」と退院。

●2017年2/24  幼稚園に通う2人の演劇発表会に参加。

●2017年3/24  息子を持ち上げ、骨が痛み出す。

●2017年4/22  再々入院。輸血が終わり次第退院する予定だったが、退院できず、
        39度台の発熱が連日続く。

●2017年5月  点滴用のポートを埋め込む手術を受ける。発熱が続き、

        一時は40度台に。

●2017年5/29  退院し、在宅医療に。1ヶ月ぶりに自宅に戻る。

●2017年6/22  夜、自宅で逝去。享年34歳。

 

 

恵まれた環境での闘病ではあったと思います。

 

ご冥福をお祈り致します。