毒舌ころも

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小林麻央なぜ!?七転八倒も執念のブログ更新記事に疑問噴出

 

 

 

ころもです。

 

小林麻央さんのブログは今日もしっかりヤフーに取り上げられてますね。それにしても悪趣味です。

 

これほど「見たい人は見にいくから限定に」と多くの人々に懇願されていながら、決してニュースにするのをやめるようヤフーに言っている様子がない。

それどころか、まるでそのアンチコメントに反撃するかのように「それが生きがい」的な言葉を発し、自己中といわれても致し方ないブログの存在意義をさりげなくアップしてくる。

 

そんなつもりはないといっても、人は言葉より行動を信じるもの。そしてその判断は間違ってはいない。

 

七転八倒の苦しみでブログ更新の執念

自分は生きている。世界中の人々に叫びたい気持ちなのでしょう。そこから得られる多くの励ましや賞賛が唯一の生きている実感になっている可能性も高いです。

 

でも、だからといって、自分の感情、身に起こるすべてを全世界に発信する必要はさらさらありません。

 

なのにご本人は、

「おはようございます。皆様、たくさんのメッーセージをありがとうございました。昨日は、更新したかったのですが、一日、痛みで七転八倒していました」

とブログアップし、それもすぐにヤフーにニュースとして掲載されていました。

 

七転八倒の苦しみを一度でも体験した人なら誰しも思うはずですが、そんなときにブログ更新などという流暢なことなど到底考えられません。

 

ころもも体験ありますが、救急車を呼ぶにも番号がすぐには思い出せないほどに苦しかったのを覚えています。

 

ブログ? 更新? はぁ?

 

です。それでも、痛みのレベル、感じ方は人それぞれだから、麻央さんにとっての七転八倒というのはブログ更新の有無を考える余地のある、その程度の七転八倒さ加減だったということであれば話は別です。

 

こういった記述を見ると、やはりブログはお金を稼ぐための彼女にとっては「責務」「仕事」になっているのだなと思われても仕方ないでしょう。

 

 

誤解されてもやむを得ない!?

 

実際、そういう要素が大きいのかな。でなければ、望まれているどころか「ブログをもうやめなさい」コールのほうが多いと思えるのに、石にかじりついても、命を削ってでものブログ更新に対する執念は理解不能です。

 

最近はブログを書くことが生き甲斐というより強迫行為になってきてるような気がする。
七転八倒しても書きたいって異常だよ。

 

麻央さんのブログが辛くて読みたくないっていう人に、じゃあ読むなっていう人がいるけど、それもどうなの?って思う。ひどい言葉で罵っているのは論外だけど、まっとうな意見だってある。人それぞれ、背負ってきた過去や、今現在の状況が違うんだからいろんな意見があって当たり前だよ。私は、彼女の生きがいならブログは続ければいいと思う。ただ、ヤフーと契約したことが問題だったな、と思う。

 ヤフコメから一部抜粋させて頂きました。

 

多くの人が困惑しています。なぜにそうまでして更新しなければいけないのか。自分の断末魔の姿を世界中にさらす本当の意味な何なのか。

 

ブログをどんなに更新しても1円もお金が入らないとしても続けるだろうか。

みんなが「頼むからもうブログはやめてくれ」といっても絶対やめない意味は何なのだろうかと。

 

苦しいのだから、末期なのだから、病気なのだから、みんなが自分の実情を逐一把握すべきだし、それを受け止める義務がある。

 

まるで、日々更新、ヤフーに掲載されるブログ記事を見ていると、そんな小林麻央さんの声がきこえてくる感じがしてなりません。

 

本当にそうですか。

 

誰にとっても人生はただ一度きり。辛いから、悔しいから、励みになるから、生きがいになるからという一方的な欲求のために世界中の人を巻き込む必要があるのかどうか。

 

麻央さんが考えられないのなら、せめて姉の摩耶さん、周囲のご友人、知人の方々が何か知恵を貸して差し上げたらいかがなものか。

 

それとも、批判にさらされる麻央さんを見て心が痛まない人しか周囲にはいないのか。甚だ疑問の日々が続きます。

 

ころもでした。