毒舌ころも

気になることは胸に秘めず口にするサイト

市川海老蔵と小林麻央ブログはなぜ必ずヤフーニュースになるのか

 

 

 

ころもです。

 

異常気象に、自爆テロ、かけそばにもりそば問題、大麻汚染‥‥。

本当にニュース欄がいくつあっても足りないほど世の中では事件、事故が絶え間なく起こっているというのに、ヤフーでは1個人の「つぶやき」「ためいき」が一挙手一投足見落としてはいけない大切なもののように毎回ニュースとしてあがっています。

 

これ、異常です。

 

蝶々をつかまえた、桃を買った、奥様である小林麻央さんがガンで重篤な状況にあるのは大変お気の毒と思います。

 

 

闘病で苦しんでいる人は山ほど

しかし日本人の二人に一人がガンになるような世の中で、まるで自分だけが、自分の妻だけが、うちのママだけが‥‥、とその窮状を我がごとのように同情せよ、共鳴せよ、悲しめよ、と強制されている今の現状はあまりに異常。

 

もちろん本人たちがニュースにあげているわけではないですが、ほぼ100%近くブログ内容が投稿間も無くヤフーニュースとしてアップされることがわかっているなら、やれることはいくらでもあるはずなんです。

 

温和な読者でさえ、ほどなく「そっとしておいてほしい」という海老蔵さんの記者会見と日常の尋常じゃないブログ更新の矛盾に気がつき、治療に専念しなさいと苦言をつぶやいていたほど。

 

このブログが役に立っている人もいるのに、励まされている人もいるのに、なぜにそんなひどいことをと言う方々の正義感も優しさも否定しません。

 

けれども、本当の優しさや正義感というものは、もう少し俯瞰的な偏りのないものであって欲しい。

 

世の中にはとてもではないが整っているとはいえない環境で闘病を余儀なくされている方が本当に、本当に多いわけです。

 

その方々が、小林麻央さんの恵まれすぎている、まるで命は金で買えるのよ的なブログを読んで悲しく落ち込むことはあっても励まされるなど到底考えられません。

 

ブログは自由です。

 

そこで何を書こうが、どう書こうが勝手です。擁護派の人たちはここを若干誤解されているようで、否定派の人たちも、このブログを書くという行為に関しては、最悪本人がそれが生き甲斐なら続けたらいいという寛容な部分も見せているのに、嫌ならブログを読まなきゃいいだろうの一点張り。

 

否定派の人たちの多くは、ブログを意地でも見ないという方も多くいます。けれども、人間の脳というのはタイトルを読むだけで大概の内容に想像をつけてしまうのです。

 

そしてそのタイトルが、否応無しに目に入る場所にいつもある。

 

それは、文句の一つも言いたくなるのが人間です。これは受動喫煙と似ている部分があるかな。

 

喫煙場所を儲けているのに、そこで喫煙しているブログという人を禁煙席のところへ毎回招待して、そこで吸わせている感じ。

 

せっかく本人が喫煙場所で吸っているのに、なぜ?

 

喫煙したい人、臭いを嗅ぎたい人はそこにいく手立てがあるのだからそれでいいのに、なぜ禁煙したい人たちのところに来させるのか。

 

誰がそれを誘導しているのか。何か契約でもあるのか。

それは疑いたくもなります。

 

 

知りたくない権利への冒涜?

 

ヤフコメには悲痛な言葉も多く綴られています。

たくさんの中から、ひとつこちらを引用させて頂きます。

 

普通の家庭ではできないこと。

一般庶民は病院のカーテンで仕切られた狭い空間で、高熱と痛みに耐えています。夫と子供と姉とお手伝いさんと看護師に囲まれて、ブログで何万人から毎日励まされることもない。本当は麻央さんよりもっともっと強いのに、誰も褒めてくれない。

 

このニュース見て泣いている人もいると思う。ブログは自由だけど、ニュースにしないでほしい。

 

最後の2行を重く見て欲しい。

そう思います。

 

闘病中の方はみんな必死で頑張っている。それでも経済的なこと、マンパワーでどうしても不可抗力な壁にぶち当たって苦しんでいるわけです。

 

恵まれない環境の中で、惨めさも感じながらカーテンや天井を見つめている。退院したくてもできない。そんな境遇の方たちへの配慮が少しでもあるなら、ブログをニュースとしてアップしないで欲しいと、なぜ一筆したためられないのか、一声抗議、お願いができないのか。

 

甚だ疑問です。

 

芸能人とはいえ一個人のブログをここまでニュースとしてアップし続けることの異常さを誰かお願いだから説明してください。

 

結局わからずごめんなさい。

 

ころもでした。