毒舌ころも

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小林麻央40度高熱でも執念のブログに自撮り「もはや」呆然!

 

 

 

ころもです。

 

久しぶりに書きたくなりました。

何を?

小林麻央さんについてです。

人間の生き死に、その理想的な姿はどんなものなのかについてです。

正直、言いたいことがありすぎてずっと無口になっていました。呆れて言葉を失っていたといったほうがいいかもしれません。

とにかく、とにかく、とにかく‥‥ です。

 

この人、昨日は週刊誌批判したかと思えば40度の熱でブログ更新。
これ程晩節を汚しながら最期を迎える芸能人は知らない。
ブログに何を書こうと自由だけどヤフーと連んで毎日ニュースにするのはどうなの?
天皇だってなさらないでしょ?
本当に優しい人は他人への配慮も忘れない。
自分がブログに書くことが他へも影響を及ぼすことを念頭にブログを更新したらいかがでしょう。」

 

ヤフコメの中から抜粋させて頂きました。

 

これまでどれだけの小林麻央ブログの批判コメに頷いてきたことでしょう。断って置く必要がありそうなのでお伝えすれば、ころもは近しい人間を何人もガンで亡くしています。

 

看取りもしています。

 

だからこそ黙って入られない部分があるわけで「アンチは身内にガン闘病者がいないからわからないんだ」という批判には全く当てはまらないどころか、とてつもなく当事者側の人間です。

わからないからの批判ではなく、わかるからこその批判のほうが実際多いことも多少なりとも想像力のある人ならわかりきったことだと思います。

 

想像力がここまで欠落しているとは

若くしてガンで命を亡くしてしまうことはもちろん悲しいこと。

本人にしてみれば、なんという理不尽、不条理、すべての言葉、現実に背きたい気持ちで胸も張り裂けんばかりの想いだと容易に想像できます。

 

想像‥‥。

 

そう、人は想像できる生き物です。実際、想像なくしてこの世の発展はありえなかったはずだし、これまでもこれからも、人は限りなく、切々と、連綿たる想像の鎖で複雑多岐にわたるこの人間社会をつなぎ、紡いでいくことでしょう。

 

幼子を残し、この世に未練のすべてを置いていかざるを得ない薄幸の身でありながら、小林麻央さんに向けられる言葉の刃はますます鋭くなるばかり。

 

なぜ?

どうして彼女は心から同情されないの?

 

一言でいうならば、あまりにも「想像力が欠如」しているからと言わざるを得ません。確かに強い人ではあるし、40度近い熱がありながら自撮りをし、ブログアップするという技は嫌味ではなく「凄まじい精神力」だとは思います。

 

けれど、人が求めているもの、人が人を見る視点はそこじゃない。

彼女はそれがわかっていない。

 

私が、私が、私の「我」が、どうしようもないくらい止まらないのです。

 

頑張ることは素晴らしい。頑張ることは責められるべきことじゃない。頑張っている自分、頑張っている人間を悪くいう人間こそが悪い人間とでも言わんばかり。

 

でも、人の心とはそこまで単純でしょうか。

 

どうせ頑張るのなら、自分が受けている高額な治療を受けられない人も多勢いるのじゃないか、と頑張って想像してみる。

天涯孤独で、たった一人きりでガンと闘っている患者もいるのじゃないか。待つ人が誰もいない、在宅介護など叶わない人の辛さとはいかほどのものか。

 

同じ命でも平等じゃない現実と厳しく向き合っている人間に対する愛。そういったことを想像する力をなぜに持てないのか。

 

本当に残念です

 

彼女のブログはほぼ記事になっているのでブログを見なくてもわかるのですが、これまでのブログ内容のどこを切り取っても、そこには「頑張る自分を誇らしく思う自分」の肖像しか浮き彫りになってきません。

 

頑張っている自分。

 

それすら、見えないようにすることも時に必要なのだということを覚える、体験、機会がおそらくこれまで皆無だったのかなとさえ想像してしまいます。

 

心配をかけまい。苦労をかけまい。そんな言葉は彼女にとっては他人事なのか、頑張る自分についてくるのが当然の世間、家族でなければいけないような印象をどうしても抱いてしまうのですね。

 

文章力もない、ボキャブラリーも足りない、おまけに想像力までもがない場合、通常は人に伝達する表立った場所に出ないという判断を人はするもの。

 

それが「知性」の一面でもあるわけです。

 

しかし、良くも悪くも赤裸々、かといって肝心なところはいつまでたっても、どれほどの要望があっても「黙して語らず」では、人が離れていくのもやむを得ません。

 

明るく元気で素直。

 

これが大事と社会人になったときに誰かから教わりました。明るく元気、なるほど。

でも、この三つの中で一番大事なのは「素直」であることでしょう。

 

明るく元気、だけどひねくれ者。そんな人、いやです。

それならむしろ、テンション低いけど、とっても素直な人のほうが人間としては好ましい。少なくともころもは後者の人がいい。

 

小林麻央さん、非常に厳しい状態がこれから続くことでしょう。誰にとっても人生は有限だけれど、さらに厳しい人生の時間を生きているはずです。

 

これ程晩節を汚しながら最期を迎える芸能人は知らない。

という言葉をヤフコメでいくつかこれまで見かけました。

※晩節を汚すとは‥‥それまで人生で高い評価得てきたにも関わらず、後にそれまで評価覆すような振る舞いをし、名誉を失うこと。

 高い評価だったかどうかは、それこそ評価のわかれる部分だと思いますが、少なくともこれまでの一部の人が抱いていた清楚で知的だというイメージが損なわれてしまったことは否定のしようがないところまで「ヤフコメ」はきています。

 

生き様死に様をどうしようが人の勝手ですが、毎日否が応でもブログがニュースに取り上げられることがわかっているなら、晩節をこれ以上汚さずにするにはどうすればいいのか、本人が無理ならばせめて摩耶さん、海老蔵さん、周囲の方たちに配慮を求めたいところです。

 

本当に彼女を大事に、愛おしく思うならば、本当に執着しなければいけないものが何なのであるかを、今こそ伝えてあげて欲しいものです。

 

ころもでした。