毒舌ころも

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小林麻央ブログの誤解「アンチこそガン患者の気持ちがわかっている」のでは!?

 

 

 

ころもです。

 

どうしても言いたいことがあって、久々にブログに書き込んでいます。小林麻央さん、そして市川海老蔵さんの発信するブログ内容に関しての、コメント合戦の中身についてです。

 

最初に断っておくべきこととして、生きようとしている人を誰も揶揄することは許されない。それはそのとおり、間違っていません。

けれども、だからといって不特定多数の人々に発信される内容に、それも批判、非難が容易に想像できるツールに向かって何かを発する以上、賛否両論あるのが「正常な状態」であるという考えも同時に持たなくてはいけないことも忘れてはならないのです。

 

 なのに、誰もが書き込みをできるヤフーコメント欄でアンチコメントに対し擁護派が異口同音に、

 

”がん患者を見たことがない、あるいは周囲に、身内にいない、まるでがんの知識がない、自分のこととして捉えることができない人たち”

 

というくくりで非難をするのは間違っています。

 

想像力のかけらもない、人を思いやる気持ちがないといって「アンチは人にあらず」と言わんばかりの反論を繰り広げる人々に心から言いたいです。

 

 

本当にそうでしょうか。

 

 

ころもは思います

 

 

むしろ、近くにがん患者がいて、身内にがんで亡くなった人がいて、あるいは自らががん闘病中、あるいはがん経験者であるからこそ、あの一族の「自分たちだけが、自分たちだけが」的な独りよがりのブログに我慢がならないという事実です。

 

想像力がないどころか、想像力があるからこそ、あの身勝手でお金持ちしか受けられない高度医療を受けられる人々の甘えた内容に我慢がならない。また、そういう世界があるのに現実的に叶えてあげられない自らの無力さに悔し涙を流しているのではないでしょうか。

 

お金持ちが悪いのじゃない。

ブログでお金を稼ぐのを一刀両断に叩いているのじゃない。

 

なぜ、なぜに約束を守ってくれないんだ。

 

ということなのではないでしょうか。

 

せっかくという言葉は違うけれど、ステージ4の芸能人で赤裸々に寄り添ってブログ開設をしてくれる人はそう多くはない。けれども、同じ病気の人のために寄り添う、力になりたい的な初心をセンセーショナルに宣言していながら、どんな入れ知恵があったのかすぐにもブログは自慢ブログに成り下がってしまった。

 

それでも、百歩譲って自分のブログなんだから、どんなに批判されようと何を書こうと誰にも気を使う必要はない、誰にも止められることはないんだと思っていたとしましょう。

 

それも自由です。また、権利でもあるかもしれません。

 

ただ、それは、それがそこで「止まっている場合」のみに許されることです。望む望まないに関わらず、現実問題として誰もが開けば見えてしまう記事として毎日毎日、それこそ毎日毎日取り上げるスポーツ紙があるわけです。

 

頼んだわけじゃない、勝手に掲載する方が悪い。

なるほど、そうだとしましょう。

 

では、なぜ阻止する方法があるのにそれをやらない?

 

 

なぜ、なぜそこだけが鈍感になる?

 

答えは言わずにおきましょう。

それこそ、そういうことなのだろうと皆疑念を持ってしまうわけです。

 

実際、総合人数だとしても読者総数が200万人を超えていると言う事実は、マスコミでさえ一目置いてしまう数であることには違いないからです。

 

けれども、日本人の死因のほとんどが「がん」で埋め尽くされているというのに、まるで世の中で「がん患者」としてこれほど注目され、高く評価され、けれども全くそれに値しないブログも他にないのではないでしょうか。

 

ころもはどうしても我慢ならずに、アンチコメントを非難する擁護派の人たちに言いたくなったのです。

 

アンチの人たちの多くは、実は、擁護派の人たちより実にガン患者のことを知っている。そばにガン患者を抱えている。ガン闘病中である人が多いということ。

 

知らないから批判しているのじゃない。知っているからこそ批判せずにはいられない。それこそ、言葉を発することのできない、エールの声を聞くことができない名もなき、けれども偉大なる人生を歩んでいる一般人の声にこそ耳を傾けて欲しいものです。

 

ころもでした。

 

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