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福原愛のダブル披露宴に「嫌い」続出!ディズニー挙式値段は

芸能

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ころもです、こんにちは!

何が話題といえば、卓球女子の福原愛さんですね。

 

通称「愛ちゃん」ですが、ウエディングドレスの谷間を見てしまってからはとても気軽に「愛ちゃん」とは呼べない雰囲気になってしまいました。

 

とにかく違和感満載の現在の福原愛さん。

 

これまで、どれだけストイックな生活を送ってきたらこれほど世間の空気を読まずに長きにわたっておのろけの日々を送り続けることができるのか。

脳内お花畑と言われても、かばってあげることも難しくなりました。

 

 

 泣きながら母親のもとに駆け寄る小さな愛ちゃんは、今や明けても暮れても結婚と披露宴のことしか考えていないの?

と批判の矢面に立たされるだけの女性になり下がりつつあります。

 

実際、昨年暮れから年が明けてもなお挙式だ、披露宴だと引きずっている有名人は愛ちゃんただ一人かもしれません。

 

国際結婚とはそういうものよ。

 

と言われるまでもなく、これまでもそういった事例がまったくなかったわけではありません。問題は、それを享受している愛ちゃんは有名人ではあっても芸能人ではないのにあまりに露出が多く、またSNSを最大限に利用してお相手との幸せアピールをしすぎている、その「過度のサービス」にあるわけです。

 

頑張った自分へのご褒美

 

台湾の江宏傑選手と元旦披露宴を執り行ったばかりの愛ちゃん。

なんていうのかな、「どうしちゃったの」とつい呟きたくなるというのか。

 

元旦に普通やる? どれだけ自分勝手なわけ?

 

そう思う感覚は決して異常でも意地悪でもないと思うわけです。おめでたいことなんだから堅いことを言わずにという声はこの際無視して、やはり祝ってもらって当たり前という考えは非常に身勝手、そして空気読めなさすぎといわれても仕方ないです。

 

非婚率が高まっている現在、個人の幸福をあまり過剰にふるまうのは実際身の危険を高める結果にもなりえます。そんな心配、かけらもしていないかもしれないですが、やはり臆病者のころもなんかは考えてしまうわけですよ。

 

経済的に、あるいは置かれている状況によって泣く泣く結婚を見送っている人、披露宴を見送っている人、挙式を見送っている人、人、人。

 

幸せになるなといっているのじゃなく、幸せならばそれを必要以上にアピールして他人を刺激しすぎないという愛情をもてないのだろうかって。

 

いずれにしても、やりすぎですね。

 

「小さい頃から頑張って自分へのご褒美はディズニーだった」と新春の女性セブンの記事にありました。

でもね、頑張っていない人のほうがむしろニュースといってもいいんですよ。みな、自分なりに置かれた状況の中で頑張ってきてるし、頑張っている。今も、これからもきっとそう。

 

ただ、そのゴールが表彰台やメダル獲得じゃないだけのこと。誰かに認めてもらったり表彰してもらうことに重きをおかず、路傍の石のように人に黙して幸福を与えたり、示唆したりする人生もあるのです。

 

決して安くないディズニーランドにようやく行けたと喜んでいるときに、愛ちゃんは「私のほうがもっとハッピー」「なぜ祝福してくれないの?」そんなモチベーションで来場客に笑顔を向けるのでしょうか。

 

私が来場者なら、せっかく高いお金と貴重な時間を使って現実逃避できる1日に、「なんでやねん」と思ってしまいそう。いや、絶対そう思う。ころもはそういう人間です。

 

幸せの押し売りは、どう考えてもよくない。めでたければ何をやってもいい、誰に迷惑をかけてもいいなんて理屈、通るわけがないのです。

 

 

 

ディズニー挙式のお値段はいくら?

そもそもディズニーは遠距離恋愛を続けていた二人がデートをした場所で思い出があるということでダブル披露宴にしたといいます。

会場は「リージェント・台北」というホテルで、ここはかのトム・クルーズやマイケルジャクソンも宿泊したことがあるという超高級ホテルだそう。

会場費だけでも500万円ちかいらしく、ドレスは250万円。

これに100名近い招待客を呼べば1000万円近くかかるだろうという推測もされてます。

 

どれだけお金持ってるわけ?

 

と思ってしまいますが、愛ちゃんの推定年収は1億2千万と女性セブンに掲載されていました。

 

正直、お金のことはいいです。

 

ただ、胸焼け、お腹いっぱい、うんざり、そういった声が確実に増えている現実を少しだけでもいいから、知る必要はあるかもしれないですね。

 

本当に幸せな人々はひけらかしません。なぜなら、幸せであるかどうかについて考えることさえないぐらいに、幸せである状態が常態化しているからです。

 

一年の三分の一もの時間を結婚と披露宴だけに費やすというのは、やはりどう考えてもやりすぎ。

 

歌手は歌で、選手は競技で一番の「華やぎ」を見せて欲しいものだと思う、今日のころもでした。